時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

風野真知雄『同心 亀無剣之介 殺される町』(コスミック文庫)

本作の作者である風野真知雄さんといえば、数多くどころか数多多多多多くの時代小説を書かれている方です。筆が速いのもそうですが、これだけ書かれていてもネタが尽きないところがすごい。まさに職人技。

ただ、「ふだんはうだつが上がらない感じだけど、いざとなったらすごい」といったタイプの主人公ばかり書かれているとか、「このネタって、別の風野作品で読んだような……」みたいなことは起こりがちではあります。人気があって量産タイプの作家さんには避けがたいことではありますし、そういった定番ネタやネタかぶりが許されるのも、人気のあるベテラン作家さんの特権といえると思います。

さて、本作の主人公の同心・亀無剣之介も、まさに「風野流」ともいえるタイプです。頼りなさそうに見えて頼れる人です。ドラマ『必殺仕事人』の主人公・中村主水みたいなタイプですね。

「いいよなあ、昼の湯は」
 亀無は羨ましそうに言った。ほんとに昼間入る風呂くらい気持ちのいいものはない・亀無も大好きだが、この数か月、そんなことはしたことがない。
「ほんとにひさしぶりなんですよ。追いかけていた辻斬りは、亀無さんが捕まえたというので、ホッとしちゃいまして」
「うん。ホッとしちゃったところを悪いんだけどさ。もしかしたら、昨日の辻斬りの下手人は別にいるかも」
「え」
 早瀬は目をぱちくりさせた。(p.193-194)

この引用部分の様子からも、亀無の飄々とした雰囲気が伝わります。そして、風野さんの作品では欠かせない、思わずクスッとなる表現も入ります。

「そういえば剣之介さん、昔もこうやって鳩捕まえてたよね」
 と、志保が言った。
「そうだっけ?」
「うん。捕まえて食べるんだって息巻いていた。でも、結局、捕まえられなかったけど」
 と、志保は笑った。
 だが、二十数年の歳月は、ちゃんと亀無を成長させている。今度は、さほど苦労せず、鳩を捕まえた。(p.69)

 引き目、鉤鼻、おちょぼ口。ああいう顔は、絵だからあるもので、実際にはないと思っていた。ところが、絵そのまんまという顔なのである。
 鼻の穴はあるのかと、じっと見つめると、ちゃんとふたつある。(p.140)

このように、作者さん定番といいますか、お約束といえるような表現やネタを入れられるのも、ベテラン作家さんならではだと思います。新人および駆け出しの作家さんがやろうとしても、編集者に止められるか、やったところでだれにも気づかれない可能性がありますから。

また、本作に収められた短編すべてで、最初は犯人の視点で殺人が行われた場面を描き、そのあとで亀無の視点で事件を解決していく展開になっています。これは、ドラマ『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』などで見られる展開ですね。完全犯罪を目論む犯人を追い詰めていく手法で、ありがちといえばありがちな展開です。新人賞への応募者や、新人作家さんが取り入れたら「平凡」「無難」「そういうの五万回は読んだ」などと言われてしまうとは思います。ですので、こういう「ありがち」「定番」「古典的」な展開を使えるのも、ベテランの売れっ子作家さんの特権なのかもしれません。

本作は、そんな「ありがち」な展開ではありますが、風野さんのさまざまな技が冴えているからこそ、最後まで面白く読める作品になっています。技の中でも際立っているのは、キャラクターの動かし方でしょう。

エンタメ作品では、ストーリーの面白さよりも、キャラクター設定の面白さに重点が置かれがちです。とくに最近では、その傾向が強くなっていると思います。それはまったく悪いことではないのですが、キャラクター設定「だけ」が面白くて、キャラクターの言動がありきたりだったり、ストーリー展開に都合のいい行動しかとらないというパターンが多く見受けられます。

たとえば、突然超能力を手に入れた設定のキャラクターであれば、「突然超能力を手に入れた」人間としての言動を、キャラクターにとらせるべきです。それは、手に入れた能力への戸惑いかもしれませんし、能力を手に入れてはしゃぐ様子かもしれません。しかし、キャラクターの設定だけに寄りかかってしまうと、そういった描写はなく、いきなり世界を救う方向に進んでいくといった、ストーリーに合わせるだけの行動の描写だけがされてしまいます。

本作も少々そういう部分はあるのですが、主人公の亀無ののらりくらりな性格が、言動にうまく現れています。何かの判断をしなければならないときでも、「亀無なら、そういう判断をするだろうな」と納得できる方向に進み、そっちがたまたまストーリーに都合がいい方向だった、みたいに思えるのです。

登場人物の個性というのは、作者が事前に用意した設定シートに存在するのではなく、作中の言動のひとつひとつに出るものです。ただ散歩をするだけでも、くしゃみをするだけでも、それぞれに個性を出していくのがキャラクター設定の面白さです。そして、本作のようにベテランの作家さんであれば、キャラクターの設定を読者が自然と理解できるように書くことができるんだなぁと思いました。

ただ、こういったキャラクターの動かし方も、定番中の定番といえるキャラクターを出せるからこそ、できるという面もあると思うんですよね。ありがちなキャラクターであるため、設定しやすく動かしやすいうえに、読者もキャラクターの様子を想像しやすいといいましょうか。しかし、どんなにベテランで人気のある作者さんだとしても、はじめから定番のキャラクターを出していたわけではないでしょう。その作者さんの作品を愛してくれるファンがたくさんいるからこそ、定番を書くことが許されているのですから、多くのファンをつかむまでの苦労や努力に、敬意を表したくなるのです。

そして、新人もしくは駆け出しの作家さんは、ベテラン作家さんが書けないようなキャラクターを描き、それが定番となるようにがんばってほしい、と願わずにはいられません。


発売日:2022年4月25日