時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

佐々木禎子『口福の祝い笹寿司 はるの味だより』(ハルキ文庫)

4月にハルキ文庫から、「女性が飯屋で働く」という設定の時代小説が3冊刊行されました。この説明をするのも3回目です。つまり今回のこのエントリーで、3冊すべてを説明したことになります。似た内容のものが同時発売となれば、否応にでも比べたくなりますし、売れ線である「女性が飯屋で働く」設定のほかの作品と比べたくなるのは仕方ないところではあります。……と、書くのも3回目です。簡単にいえば、「どうしても類似作品と比べることになるよ。絶対評価は難しいよ。ごめんね」ってことです。

本作およびこのシリーズの類似作品との差異は、主人公の置かれている立場でしょう。多くの「女性が飯屋で働く」という設定の時代小説では、主人公の女性が自分なりの料理で飯屋を切り盛りし、「おいしい」と言われてほっこりしたり、ある出来事に決着が訪れたりすることが多いものです。しかし、本作はちょっと異なります。主人公のはるは、隠居の治兵衛に飯屋を任されるという、いわゆる「雇われ店主」のような役割で、料理の修行をしたとか、親が料理人だとか、料理のプロ(もしくはセミプロ)としての経験があるわけではありません。

はるは、薬売りだった父親がつくってくれた料理を再現したりしていますが、はるが作った料理は、けっこうな確率でダメ出しや拒否をされたりもします。

きんぴらごぼうも納豆汁も他とは違う作り方をしているのに美味しいからってみんなが食べてくれる。でも鶏湯漬けは時期を見て出したほうがいいって言われる。試しに食べてみようとすら、してもらえなかった」
 独白を漏らすはるの肩がしゅんとして落ちる。(p.68)

これは店の持ち主である治兵衛のことを、独白している場面です。治兵衛が商売に関して厳しい人間だというのもありますが、なかなかメニューにOKが出ないのです。そうなると、はるが一生懸命がんばって、治兵衛もうなるようなメニューを作り出す……みたいなカタルシスを求めたくなりますが、本作では大きなカタルシスはやってきません。それどころか、はるのメンタルが揺れるにともなって料理の味が変わったりと、飯屋というよりは家庭で料理をしているような部分もあります。つまり本作は、カタルシスをカツンと味わう物語ではないということでしょう。

「じゃあ、普通の磯辺焼きにしましょうか。それとも、きなこ餅がいいかしら。餡子は作ってないの、ごめんね」
「きなこがいいっ」
 勢いよくそう言われ、はるは自分が使っていた七輪の網に餅を載せた。一個、二個と置いたところで、弥助ははるを窺うようにして見つめているので、さらにもうひとつ餅を増やす。それでもまだ見ているから、またひとつ。載せるたびに弥助の笑顔が大きく広がっていくので、もっと餅を増やしたくなったが、他にも食べて欲しいものがあるから餅だけで腹いっぱいにさせてはならないのだ。(p.89)

これは、はるが弥助という子どもに餅を焼いている場面です。弥吉の顔を見ながら、網にのせる餅の個数を増やしているところに、はるの性根が現れている気がします。人の様子を見たうえで、行動をしています。これは人の心を読むのに長けているともいえますが、「自分は何をしたいのか」が明確ではないという証拠でもあります。そういった登場人物の性格を、こうして行動で示してくれると、まさに小説という感じでうれしくなります。

「あんたがしたいようにして、いいんだよ。あんたの幸せは、あんたが決めていいんだ。捜しにいくのも、いかないのも――戻ってくるのも、来ないのも」
 はるさん、と治兵衛が教え諭す言い方で続ける。
「あんたは手を動かしてなんぼだ。真面目に働いてなんぼだよ。まずは、あたしの気持ちに届くような旨い笹寿司を作ってみなさい。作っているうちに、あんたの腹も決まるだろう。自分がこの後どうしたいのか。あたしたちはそれを見届ける。だから、あんたは好きにしな」(p.195-196)

そして、厳しくもやさしくはるを見守る治兵衛は、彼女の性格を見抜いていて、「あんたが決めていいんだ」と告げています。そのうえ、そう言っても、はるがなかなか決められないであろうことを見越して、まずは人の気持ちを読む能力を活かして料理をつくりながら、自分の心を決めろと言っています。このあたりのロジックは、年配の人だから言えるものだと納得がいきます。そしてそれは、作者さんがキャラクターをちゃんとつくり上げているからこそ、読者も納得できる話になっているのでしょう。

……とは思いますが、そんなロジックが、ちょっとわざとらしいかな、と思える面もあります。あまりにも治兵衛が、はるの気持ちを見越し過ぎているんですよね。悩んでいることについて、はるはほとんど何のアクションも取っていないにもかかわらず、です。まぁエンタメ作品なので、そういった都合のよさはアリといえばアリなんですが。

そして最後に、はるは兄の行方の手がかりをつかみ、その後の行動について決断をするのですが、その理由が明確でなかったように思います。

 誰にでも思い出の味がある。
 大切にしたいものがある。(p.237)

これは決断の場面で、はるが地蔵に話しかける台詞の合間に挟まった地の文です。この部分があるあたりを、「で、決断の理由は何?」と思って何度か読んだのですが、「これ!」と思える理由がどうしても見つからないのです。しかもこの引用部分が挟まっているせいで、かえって「だから理由は何よ!」と思ったほどです。

いや、なんとなく理由はわかるんです。思い出の味や大切にしたいものを、はるは守りたいし、いっしょに大切にしていきたいということでしょう。でも、そのはっきりとした意志が見えないのです。そういうフワッとしたキャラクター設定なのかもしれませんが、とりあえずここは本作のエンディングなのですから、人の気持ちを読むのに長けたはるの性格ゆえに、だれかのために料理をつくるよろこびを生み出した……みたいな、だれにでもわかる明確な理由を示してほしかったです。


発売日:2022年4月15日