時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

坂井希久子『萩の餅 花暦 居酒屋ぜんや』(ハルキ文庫)

今月、ハルキ文庫から「女性が飯屋で働くストーリー」の時代小説が、本作を含めて3冊刊行されました。多くの書籍購入が見込まれるゴールデンウイーク前の発売であることを考えても、おそらくこういった話が「売れ線」なのでしょう。大ヒットした『みをつくし料理帖』シリーズを出しているレーベルですしね。

さて、本作です。同じレーベルから同じ日に発売された「女性が飯屋で働くストーリー」の作品はもちろん、『みをつくし料理帖』のヒット以来、数多く刊行されている類似作品とも、どうしても比較したくなってしまいます。そして、ほかの作品との違いをどのように出すかが、作品の面白さを決めるような気もします。

そこはしっかりした物語を描かれる坂井希久子さんだけあって、本作では類似作品との差別化は十分にされていました。その差異は、短い文章で物事の本質に迫っているところです。これは坂井さんの技というか、美意識というか、「読者がどんなふうに小説を読むか」をわかったうえでの徹底ぶりといえると思います。

 庭園に回ればさらに、浮世離れした景色が広がっていた。二つの池とそれを結ぶ小川には清らかな水がたたえられ、周囲の築山には秋の草花が配されている。なにより萩が数多く植えられて、花がこぼれた地面までが紫紅色に染まっていた。(p.70)

まずは情景描写です。エンタメ性の強い時代小説では、情景描写が貧弱だったり、省かれがちになります。それは作者さんの描写能力が低い可能性もありますが、読者が情景描写よりもストーリーの進行を重視しているから、必然的にそうなっていることが多いでしょう。せっかく情景描写をしても、読み飛ばされてしまうとかね。ならば、情景描写はどうしても最小限、もしくはチラッと書く程度になってしまっても仕方がない面があります。

しかしそれでは、どうも小説っぽくないのです。小説において、情景描写は作者さんの腕の見せどころだったりしますから。作風にあった表現をビシーッと書ける作家さんにハズレなしですから! だからといって、情景をひたすらダラダラと書いてあっては、読者の読む進行を妨げてしまいます。そうなると、この引用部分のように、短いながらも風景が見え、色や香りも伝わるような情景描写を入れるのがベストでしょう。引用部分である第二話の「花より団子」では、萩の花が話の鍵になっているので、萩の様子を描く必要があったとは思います。そこで、無駄な描写を極力削ぎ、読者の視点に合った描写をしているのは、本当にお見事だと思います。

「おかやちゃんは、自分の言動がお花ちゃんを傷つけたってことを知らないんじゃないかな」
 それは、そうだろう。だって言っていないのだから。
「だったら、謝りようがないよね。ちゃんと伝えないと、人は察してくれないよ」
 そのとおりだった。おかやは怒りをまっすぐお花にぶつけてきたのに、お花は胸に秘めたまま意趣返しという形を取った。卑怯なのは、自分のほうだ。
「ごめんなさい」
「謝る相手は、私じゃないよ」
 只次郎が、ゆっくりと首を振る。(p.65)

これは主人公のお花が、友人のおかやとあることで喧嘩をしたことについて、只次郎がやんわりとアドバイスをしている場面です。クドクドと説教をせずとも、「ちゃんと伝えないと、人は察してくれないよ」という一文だけで、お花はもちろん、だれの心にも響くアドバイスになっています。さらに「ごめんなさい」「謝る相手は、私じゃないよ」の呼応がすばらしい。これだけで、お花が素直であることがわかり、そして只次郎が最高にかっこよく見えます。たった二行でですよ。すごい。

「そうだねアンタは、母親には苦労するね」
 お銀は湯呑を置き、ついに両目を瞑った。
「夫婦のこと、子のことは、べつに今考えなくたっていい。時がくれば、なるようになってゆく。アンタはただ、自分が大事だと思うほうを選び取っていけばいい」(p.175)

お銀という謎の婆さんが、お花に話している場面です。乞食に近いような雰囲気のお銀が、これだけの深いことを言うのが、面白いですよね。「お銀、只者じゃねぇな」と読者に気づかせてくれる、憎い演出です。しかも言っている内容は、短いながらも真実をグイッと突いています。そしてお花にとっては、大きな救いになっています。

本作のような「女性が飯屋で働くストーリー」では、どうしても料理や調理の過程が物語の中心になるものです。しかしその「定番」に準じていては、類似作品との差別化はできません。そこで、「人間の本質を描く」という人情ものの軸をど真ん中にしっかりと立てて、なおかつブレさせないのが、本作の素晴らしいところです。しかも、本質を突く言葉を口にするのが、偉い人やしっかりした人ではなく、「パッとしない人々」なんです。それがかえって説得力を増させてるといいましょうか。そういう人たちこそ、この世の真理を見抜いているのだとわかることが、まさに「人間の本質を描く」ということじゃないかなぁと思います。


発売日:2022年4月15日