時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

佐々木裕一『新・浪人若さま 新見左近【十】 嗣縁の禍 』(双葉文庫)

映画『レディ・プレイヤー1』(2018年公開)を観たとき、「脚本家すげー!」と驚いたのを覚えています。おそらく配給元や製作チームから、「トレンドのバーチャルな感じとオンラインゲーム、それにバトルも絶対に必要。謎解き要素もあるといいな。ヒロインはかわいいけど一筋縄ではいかない感じで、悪役は悪いながらも魅力的に、それに多様性も考慮して白人だけじゃなくいろんな国籍の人を出してね。あと、恋愛要素もよろしく」みたいな依頼があったんじゃないかな、と思えるような内容でしたので。そんな無理難題の好例のような要望にすべて応えるがごとく「ぜんぶ盛り」にし、娯楽超大作の物語にしたのですから、すごいとしか言いようがないです。

そして本作も、そんな「ぜんぶ盛り」の作品です。主人公・左近は、次期将軍として江戸城の西ノ丸に住みながらも、浪人の身にやつし、市井で起こるさまざまな出来事で大活躍をします。脇役には魅力的な間者たちと、理解がありながらも厳しい側近、さらには美しくも凛々しい愛する人・お琴もいます。そして現将軍である綱吉とそのまわりの人々の動向も面白い。天丼と牛丼と親子丼の上に、海鮮丼までのっけているような話です。本作はシリーズ10作目ですが、さらに盛ろうとしているんじゃないでしょうか。

こう書くと、何だかまとまりのない話のようですが、まとまりも面白さも兼ね備えた娯楽作になっています。それは、ログラインがしっかりしているからでしょう。ログラインとは、ストーリーを「だれが」「どんな状況で」「何をする」を含む一行(一文)で言い表したもので、ストーリーの軸になるものです。本作は、どんなにたくさんの要素を盛り込もうとも、「将軍の後継者である左近が」「浪人に身をやつして」「いろんな事件を解決する」というログラインがあります。

最初に紹介した『レディ・プレイヤー1』も、あれだけ要素がありながらも、ログラインは「さえない主人公のガンターが」「VR世界で」「敵と戦って謎を解く」話です。映画が進むごとにどんどん話が膨らもうとも、この一本通った設定からは一切ブレていません。それは本作も同様です。ドカンと太いログラインがあって、そこに枝葉としていろんな要素がくっついています。だからどんな要素がくっつこうとも、大筋は揺るがず、ストーリーがとっ散らかることはありません。そして、ログラインが明確に一本立ちしている作品は、読者(観客)もストーリーに迷うことなく味わえるのですから、面白くないはずかありません。

「真之介殿、かしこまった顔をしていかがされた。葛西屋の娘御についての相談かの」
 思わぬ不意打ちに、吾川は目を白黒させた。
「和尚様、どうしてご存じなのです」
「ふっふっふ、檀家のことは、座しておっても耳に入るものじゃ。母上の説得を頼みにまいったのか」
「正直に申しますと、昨日までは和尚様を頼るつもりでした」
 恵啓は目を細めた。
「ほう、今日は違うとな」
 吾川は居住まいを正した。
「父がお預けしている物がございましたら、お返しいただきとうございます」
 頭を下げて願う吾川を見ている恵啓が、大きく頷いた。
「やっと、まいられたか」(p.38)

これは第一話での会話部分です。会話場面では台詞の合間に「〇〇が言った」「〇〇が話した」といった地の文が挟まれることが多く、「文章で金をとってんのに、そんな無駄な一行を挟むな!」と怒鳴りたくなることが度々あるのですが、本作ではそういった表現はかなり少ないです。この引用部分でも、台詞の合間に挟まれているのは人物の態度もしくは様子です。こうでなくっちゃ。ただ、「吾川は目を白黒させた」なんていう陳腐な表現がある(しかも頻繁に出てくる)のが残念といえば残念ですが、これは新人賞の応募作でもなければ純文学作品でもないので、目を瞑ってもいいかな、とは思います。

 剣崎は、呆然として行列を見送っていたが、はっと我に返り、側近に告げる。
「ただちに、明澄に毒消しを飲ませろ。奴が死ねば、わしが西ノ丸様に殺される。早う行け!」
 怒鳴った剣崎は、血圧が上がったのか、泡を吹いて倒れた。
 大騒ぎする家来たちを物陰から見ていた小五郎は、かえでと顔を見合わせて笑った。(p.146)

「江戸時代に血圧なんて概念があったのか?」と思いましたが、まぁ仕方ないですね。これは新人賞の応募作でもなければ純文学作品でもないので(略)。

……と、いろいろつっこみながらも、それらに目を瞑ろうとしているのは、本作が(おそらく)年配の方をターゲットにしたエンタメ作品で、読みやすさを優先している可能性が高いからです。そして、ストーリーが圧倒的に面白いからです。そりゃウケる要素がてんこ盛りなんだから、面白くって当たり前だろうと思われるかもしれませんが、面白く書こうとして面白く仕上げるというのは、そう簡単なことではありません。「面白い」というのは、とても個人的な思いですから、人によって面白さは異なるうえに、作者と読者が「面白い」と思う基準だって異なる可能性のほうが高いのです。

それでも、多くの人が「面白い」と思える作品は存在します。そういった作品は、物語の基本をがっちり押さえていることが多いです。ログラインがしっかりしていて、主人公が魅力的で己の願いに向かってひたすら邁進し、脇役もすてきで、みんなが愛したくなるヒロインがいる。そんな直球勝負かつ王道の物語が、多くの人の「面白い」を引き出すのだと思います。本作でも、ログラインのよさはもちろん、主人公の魅力や脇役の良さといった普遍的な王道オブ王道の定石を押さえているので、多くの人が「面白い」と思えるものに仕上がっています。そして、ヒロインであるお琴の描き方も絶妙です。

 左近はお琴の髪を見た。かえでが結ってくれたという武家の髪型がよく似合い、美しさは増しているのだが、三島屋で見せていた表情とは、どこか違う。
「おれにために、すまない」
「あやまらないでください。左近様のお命のほうが、わたしにとっては何よりも大切ですから、望んで上がったのです。これからは、共に暮らしましょう」
 目に涙を浮かべて言うお琴を、左近は抱き寄せた。
 このうえない喜びだが、手をつけられず、見ようともしない小間物が目に入った左近は、楽しそうに働いていたお琴の姿が脳裏に浮かんだ。きっと無理をさせているに違いないと思い、胸が締めつけられた。(p.236)

最近の時代小説では、働く女性や、恋や結婚よりも仕事を選ぶ女性が出てくることが多いのですが、どうもそれが「私は働く!」みたいな一本調子な雰囲気の女性が多く、違和感を覚えることが少なくありません。しかし本作のお琴は、心の奥では小間物屋を経営し続けたいと思いながらも、愛する人(左近)のために、西ノ丸へ上がる決意をします。そんなお琴の健気さにキュンとしますし、彼女の本心を見抜き、お琴とともに暮らせるうれしさよりも、彼女を小間物屋に戻すことを選択する左近もかっこいい。そんな左近やお琴の揺れ動く気持ちを、ウジウジ&モゾモソするネガティブな方向ではなく、人物の魅力としてカラッと描けているのも、本作の魅力のひとつだと思います。


発売日:2022年4月14日