時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

坂岡真『照れ降れ長屋風聞帖〈十八〉まだら雪 』(双葉文庫)

本作は人気作家・坂岡真さんの、人気シリーズの18作目であり最終作です。以前、『鬼役』シリーズの感想でも書きましたが、坂岡さんは、時代小説を通して「エンタメ小説はこう書くのだよ」というお手本を示してくれる作家さんです。

キャラの立て方だとかストーリーのつくり方だとか、「面白い」と思える要素の散りばめ方とか、すべてにおいて「プロの技」を感じます。そういうレベルの作品を書ける作家さんは、そういませんから。本当にすごいです。すごいのですが、ネタや設定がこれまで読んだことのないものだとか、びっくりするような世界観が描かれているかといったら、そうではありません。失礼ながら、わりと「ありきたり」なネタや設定であることが多いです。

本作だって、一言で言ってしまえば「長屋人情もの」です。主人公の三左衛門を中心とした、長屋およびその近辺にすむ人々が、いろいろな事件や出来事に巻き込まれていきます。ありきたりでしょう?「そんなの5億回読んだ」とか、「テンプレ乙」とか、「親の顔より見たストーリー」なんてうっかり思ってしまいそうですが、それでも「面白い!」と唸りたくなる物語に仕立てていくのが、本作というか坂岡さんのすごいところです。

では「ありきたり」な小説の中で、何が「坂岡色」といえるかというと、登場人物の動きです。三左衛門をはじめとして、登場人物がとにかく自分の意志で動き、さまざまな出来事や事件に出会います。そして、その行動に至るための動機づけが、ものすごく自然なのです。

 三左衛門は禄無しの浪人者、一見すると頼りないようだが、じつは小太刀を使う剣客で、もともとは一藩の馬廻り役までつとめた立派な侍なのだと、おまつからは聞かされていた。
 そのせいか、おすずには武家娘にも似た気概がある。
 それだけ貧乏でも我慢できるし、贅沢は口にしない。
 困っているひとがあれば、身を捨ててでも助けたいとおもう。
 それは侠気とも言うべき気質で、おまつから受け継いだものでもあった。(新装版 p.122)

これは、第二話の「おすずの恋」で、三左衛門の娘・おすずの心意気を語っている部分です。短い文章の中で、おすずが一般的な娘よりもしっかりしていて、何事にも勇気をもって立ち向かいそうなタイプであることがわかります。

「やめて」
 おすずは、腰に縋りついた。
「何だ、てめえ」
 腕を掴まれ、地べたに振りおとされる。
 それでもおすずは這いつくばり、捨松を背中で庇った。
「おやめ」
 血走った目を剥き、音次を睨みつける。
「捨松はね、まじめに働いているんだ。あんたみたいな穀潰しとはちがうんだよ。これ以上、弱い者いじめをつづけるなら、お上に訴えるからね」(新装版 p.129-130)

そして、先ほどの引用部分でのおすずの心意気が、具体的な行動として述べられています。母親の交際相手・音次にいじめられている捨松を、身を挺して助けています。登場人物の性格や心情を行動や態度で見せるというのは、かなり大切なんですが、「○○は××な性格だった」みたいな説明だけで終わっている小説がけっこう多いんですよね。このあたりがしっかり書かれている小説に外れナシです。基本を押さえ、基本を省かないという、坂岡さんの徹底ぶりが窺えます。

「そこに囮を差しだせば、刀を抜くにちがいねえ。だが」
 と、半四郎は眉間に皺を寄せる。
「こいつは危ねえ橋だ。いってえ、誰を囮にするか」
(中略)
 すかざす、おすずが膝を進めた。
「わたしにやらせてください」
 半四郎は、驚いた顔で首を振る。
「駄目だ。おめえにやらせるわけにゃいかねえ」
「いいえ。やらせてください。わたしは、顔をみられています。(後略)」(新装版 p.182)

そしてこれは、ある人斬りを捕まえるために、おすずが自らおとり役を買って出る場面です。うら若い娘がおとりになるなど、かなり突拍子もないことです。しかし、おすずの性格が行動によって十分に語られているので、「さもありなん」と納得して読むことができます。「とにかく行動!」「わけもなく元気!」みたいな理由のないことではなく、おすずがどういう人間かを際立たせたうえで、行動へと導いているのです。しかも、おすずの行動に触発されるように、父である三左衛門の行動までも加わり、物語の進行が加速していきます。そして最後には、血のつながらない親子であるおすずと三左衛門に、血縁以上のつながりを感じられるという、最終回にふさわしい雰囲気を感じることができます。

ただ、本作は短編の連作ものということもあり、各話で少々強引な展開もあったりします。第一話の「折り鶴」で、三左衛門が沖本と出会ったあとに、すぐに迷子になった沖本の娘に出くわしたり、とかね。しかしその強引な部分を、起承転結でいえば「起」または「承」に持ってきています。無理矢理感が物語の最大の山場となる「転」にあると、読者は「それはないわ!」とか「意味わかんね」と感じてしまいますからね。それは徹底的に避けられているようなイメージです。なので、坂岡さんは「転」の内容を先に設定したうえで、まわりのストーリーを組み立てているのかもしれないな、と思いましたし、エンタメ小説の巧者ともいえる作家さんたちは、だいたいがそういう方法で物語を組み立てているんだよなぁ、と今さら再認識しました。

そういえば先日Twitterで、「マンガ新人賞の落選作には『ありがち』なストーリーが多い」といった趣旨のツイートが話題になっていましたね。漫画だけでなく小説の新人賞でも、類型といえる応募作が多いのは確かでしょう。じつは「ありがち」ネタは、みんなが面白いと思えるからこそ、多くの人がこぞって書いて(描いて)「ありがち」に至ったのだと思うんですよね。ですから、面白い作品を書こう(描こう)と思えば思うほど、「ありがち」で「テンプレ」みたいなネタになってしまうとは思います。なので、多くの人が「ありがち」ネタに走ってしまうのは仕方がないことといえます。

では、「ありがち」ネタの何が問題かといえば、「ありがち」ネタを使った応募作で、「面白い!」と思えるものがそんなにないということでしょう。もしくは、既出の「ありがち」作品の劣化コピーになっているものが多いのです。そういう点から考えても、「ありがち」なネタを書く(描く)ならば、自分の観点から見直して工夫をし、最初から最後まで徹底して面白く書く(描く)ことに専念するしかないのでしょうね。そして、本作はそんな「ありがち」ネタを、「ありがち」なままで徹底的に面白くしようとしている心意気が見える作品だと思います。


発売日:2022年4月12日