時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

馳月基矢『拙者、妹がおりまして(5) 』(双葉文庫)

勇実と千紘の兄妹に、龍治に菊香。本作は、この四人の若い登場人物が織りなす群像劇の四作目となる作品です。全四話が収録されており、短編の連作のようなつくりになっています。さらに、それぞれ一話完結になってはいるものの、前巻の話の続きだったり、次巻に続きそうな話も含まれています。

まずは第一話。この話を10に分けて起承転結で表すと、「起起承承承承承承(転)結」です。(転)と書いたのは、転にあたる部分は「ここかな?」となんとなく見当はつくのですが、どうも転っぽくないからです。

「生意気だぞ。女のくせに」
「女のくせにとしか言えないのかしら。男であることをわざわざ言い立てて威張るしかできないなんて、かわいそうな人」
 侍が顔色を変えた。
「何だと? 俺を侮辱するのか?」
「あなたが先にわたしと鞠千代ちゃんを侮辱したでしょう!」(p.62)

これは刀鍛冶のもとで、千紘と侍とでひと悶着がある場面です。おそらくこのあたりから始まる一連の話が転だとは思います。ならば、「侍と千紘が剣術で対決!」とか、「龍治が千紘をかばって、かっこいいところを見せる!」みたいな山場になるのかな? と思っていたら、どうも違うのです。

「お客人、今すぐ帰ってもらおうか」
 びしりと言い放つ声は、水心子のものだった。(中略)
 身動きを封じられながら、侍は狐顔に愕然した表情を浮かべた。
「水心子正秀に、大慶直胤……」(p.63)

有名な刀工二人の威厳によって、侍は追い払われます。これで転にあたる部分は終了です。千紘は文句をつけたものの、それ以上のアクションは取らず、ほかのメインの登場人物も何もしていません。山場は物語の中心となる部分ですから、メインの人物たちが関わらなければならないところです。もし関わらなければ、だれの物語なのかがわからなくなってしまいます。だから(転)としたのです。

そして、承がとても長いことも気になります。この第一話での承は、ほとんどが刀についての説明です。資料や文献をしっかり読み込んだうえで書かれていて、「すごいなぁ」とは思うのですが、小説としてはどうなんでしょう。説明が面白い(「興味深い」ということではなく、「滑稽な」とか「楽しい」という意味)ならばアリですが、ここではただ説明を読まされているような気分になってしまいます。

また群像劇というのは、すべてのメインキャラクターたちのストーリーが一つに結びつく場面が、物語の中で必要になります。それがないと、ただの「登場人物それぞれの話を直列につないだだけの物語」になってしまうからです。多くの群像劇の場合、その「結びつき」の場面は終盤に設定されますが、作中に何回か軽めの「結びつき」のシーンをつくったり、数人ずつの「結びつき」をつくりながら、最後に一堂に会するシーンを持ってきたり……といろいろなパターンがあります。

本作での最大の「結びつき」の場面は、おそらく第三話です。しかしここには、「さぁ、これですべてがここに集まったぞ!」というクライマックスとしての山場の雰囲気はあまりありません。そのため、本作全体が第一話と同様に、「起起承承承承承承(転)結」になっています。しかも(転)は、メインの登場人物たちではなく、おえんと壱というサブキャラ二人によってもたらされるのです。このような状況になったのにはいくつか理由があるとは思うのですが、いちばんの大きな理由は、登場人物たちが自主的に動かないことでしょう。

小説では基本的に、主人公もしくはそれに準じる登場人物は、自ら行動を起こすのが望ましいとされています。登場人物特有の境遇があり、そこに何らかの動機づけが加わることで、その人物の行動が生まれます。その行動が、物語になるのです。簡単にたとえると、貧しい人(境遇)が「貧乏人!」とバカにされて(動機づけ)、一念発起して商売を始める(行動)、といったように。

本作のメインの登場人物四人には、この「動機づけ」と「行動」がすごく少ないのです。四人のまわりではたくさんの出来事があるのですが、それらは四人の「動機づけ」と「行動」にあまりつながりません。そのため、通り過ぎるさまざまな出来事の中で、四人が「あの人が好き」「でも言えない」という逡巡をくり返しているだけのように思えるのです。

以前にもほかのエントリーで書きましたが、小説の読者の感情を直接動かすのは、ストーリーではありません。登場人物です。登場人物の言動に一喜一憂しながら読み進めるうちに、読者は心を動かされますし、そんな登場人物の動きからストーリーが生まれるのがベストです。本作というか本シリーズで、登場するサブキャラが一般的な作品に比べてとても多いのも、メインの登場人物があまり自主的に動かないために、サブキャラを動かしてストーリーを進めているからではないでしょうか。

そんな中でも、本作のおえんと壱の二人の物語は出色です。それぞれの過去や微かな幸せ、悲しさ、人のつながりなど、人情ものの持つべきものをすべて併せ持った、とてもいい話です。そして、おえんにも壱にも、「動機づけ」と「行動」が伴っています。つまり、メインキャラにないものを、サブキャラが持っているのです。それはそれでいいのかもしれませんが、やっぱりメインキャラの大活躍が見たいなぁという気分にはなります。


発売日:2022年4月12日