時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

早見俊『放浪大名 水野勝成』(新潮文庫)

本作は、晩年に差し掛かった主人公・水野勝成が、息子と孫に己の人生を回想しながら話すことで進みます。そのため、「息子と孫に話している場面」と「勝成の人生の回想」という二つの話が交互に出てきてます。まずは「息子と孫に話している場面」があって、息子の勝俊と孫の勝貞が勝成に「若いころの話を教えて!」と乞い、それに応じて勝成が「勝成の人生の回想」を話す、という流れですね。

こういった回想形式の小説は、書き手(作者)にとっては書きやすいものです。だれかの人生を編年体だけで書くとなると、端折らずに書かなければなりませんが、回想として書くと、端折れるところはうまく端折ることができますのでね。では、本作ではそんな「手抜き」のような意図からこのような構成にしたかというと、そうではないようです。作者さんが本作を通じて伝えたいことがあったために、あえてそうしたように思えます。

伝えたいこととは、おそらく豊臣秀吉朝鮮出兵(明国制覇)に絡む、当時の世界情勢でしょう。

「お爺さま、太閤殿下はどうして明国制覇などという途方もない妄想を抱かれたのですか」
 勝貞は聞いた。
「妄想か……わしも小西行長に召し抱えられるまでは、夢物語でしかないと、もしも本気でそんなことを企てているとしたら、太閤の驕りとしか思っていなかった。(後略)」
(中略)
「日本に渡来してきた南蛮人どもは、明国を狙っておった。南蛮人どもはな、マカオやルソンを拠点とし、明国に攻め込む機会を窺っておったのだ。ふざけたことに、伴天連教の宣教師どもは日本の伴天連大名を明国に攻め入らせようと企ておった」(p.258-260)

 明国が南蛮の勢力下に置かれてしまったら、次は日本の番だ。秀吉は南蛮の力が及ぶ前に、明を支配しよう、明国制覇が成ったら寧波を拠点にルソンを奪い、アンナンやシャム、インド、スマトラ、ボルネオにも軍勢を進めて南蛮の勢力をアジアから追い出そうと決意したのだった。(p.262)

「太閤は南蛮の力を見定め、日本の力は決して南蛮に劣らぬと自信を持っておったが、伴天連大名有馬晴信の如きは、南蛮の力を過大に評価し、領土拡大のためにルソンにおったイスパニアの軍勢に助勢を請うたのじゃ。情けないのう。(中略)南蛮、紅毛の者どもに日本国に手出しをさせてはならんのじゃ!」
 勝成は肩を怒らせ、語気を荒らげた。
「それで、お爺さまは力攻めで一気呵成に原城を落とせと、言い張られたのですね。オランダ、ポルトガルが関わる前に、戦を終わらせねばならぬと」
 勝貞は感動の面持ちとなった。
 勝俊も感じ入ったように頷きながら、
「決して、上っ面だけを見て判断してはならぬということじゃ」
 勝俊は諭すように勝貞に言った。(p.265-266)

秀吉の朝鮮出兵については、一般的にはもちろん、本作でも「太閤の妄想」「無謀な企て」だったのではないかと、勝俊や勝貞は言及しています。しかしそこで、勝成は朝鮮出兵の本当の意味を伝えようと語気を荒らげます。しかも最後には、「決して、上っ面だけを見て判断してはならぬということじゃ」の一言。これはどう考えても、「通説となっていることは、実際は違うのだ」という作者さんからのメッセージでしょう。作者さんが資料から発見したことを勝成に言わせていることがビンビンと伝わってきて、勝成の顔が作者さんのものにすり替わって見えるほどです。

そんな「作者の顔出し」は、手塚治虫の作品などではよく見られますが、小説ではできれば避けてほしいものです。作者の意見を述べるならば、作者の姿は徹底的に隠し、物語として述べるべきではないか、と。朝鮮出兵に反対する勝成に、小西行長が出兵の本来の意味を説く、といった流れのほうが、物語としてふさわしいですから。

しかも先ほどの引用部分のように、「息子と孫に話している場面」は、台詞がやたら説明じみているのです。説明ありきの台詞は、時代小説ではよく見られるものですが、その説明くささをうまく消せるかどうかが、「よい小説」とそうでないものの境目だと思うのです。

「本日、こちらに参ったのは毛利攻めに加えていただきたいとお願いするためです。玄以殿、殿さまにお取り継ぎくだされ」
 単刀直入に藤十郎は願い出た。
「話してみるのは構わんが、惣兵衛殿は承知しておるのか」
「親父はふぬけでいけませぬ」
「なんじゃ、そなたの独断か」
 玄以は声を上げて笑った。
「お願いします」
 藤十郎は重ねて願った。
「それは、殿さまと惣兵衛殿がお決めになることじゃ」
 玄以は慎重な言い回しをした。(p.48)

これは「勝成の人生の回想」での、会話部分です(藤十郎は勝成の幼名)。会話が非常にリズミカルに進んでいますよね。

このように「勝成の人生の回想」では、読んでいてワクワクするような会話がたくさん出てくるのですから、「息子と孫に話している場面」の会話も、説明ありきで終わってほしくなかった。勝俊と勝貞を、ただの質問役&頷き役で終わらせてほしくなかった。生意気な孫の根性を、かつて荒くれ者だった勝成が叩き直しながら語るとか、物語としての会話にしてほしかった。

そうならなかったのは、やはり「息子と孫に話している場面」の構成が、「作者さんの訴えたいことありき」だったからではないでしょうか。そして、「息子と孫に話している場面」の勝成と作者さんの年齢が近いせいかもしれません。キャラクターが作者の身の上に近ければ近いほど、自分の思いや考えを投影しやすくなりますから。そう考えると、本作で「息子と孫に話している場面」と「勝成の人生の回想」が交互に出てくるのは、「本当の勝成」と「勝成の姿を借りた作者」の使い分けのためかもしれないってことですね。


発売日:2022年3月28日