時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

五十嵐佳子『星巡る 結実の産婆みならい帖』(朝日文庫)

幕末の江戸で産婆見習いをする結実が、仕事での独り立ちを目指しながら、恋や結婚に悩むという、働く女性を主人公にした小説の王道ともいえる作品です。王道ということは、ストーリーがだいたい読めてしまうという弱点があるため、その読みをどれだけ外せるかが小説の書きどころであり、読みどころだったりします。では、本作はどんな「外し」があるのか……とワクワクしながら読みましたが、見事に外しがない、王道中の王道の物語でした。

外しがないということは、ストーリーの破綻がないということであり、決して悪いことではありません。執筆前にしっかりプロットをつくられた証拠でしょう。実際にプロットを作成した作者さんご自身はもちろん、編集さんの手も入り、「辻褄があっているか」「ストーリーの抜けはないか」「盛り上がりをつくれているか」などをチェックして、小説の執筆に入ったはずです。

しかし本作では、そのかっちりしたプロットが仇になっているように思えます。起承転結がはっきりしすぎて、次の展開が読めてしまうのです。また、プロットに沿うことを第一に書かれたせいか、登場人物の多くがストーリー進行に沿うだけの、「主人公にとって都合のいい人物」になってしまっています。その際たるものは、結実と「両片思い」になっている医師・源太郎でしょう。

「あんとき、もうひとつ言いたかったことがあったんだ。自分の力に限界を感じたり、医者をやめたくなったとき、気がつくとおれ、結実をいつも目で追ってたんだよ。(後略)」(p.229)

これは源太郎が結実に告白する場面の台詞の一部です。説明口調の告白。一昔前の少女漫画や、朝ドラでよく見られるものです。この場面に限らず、源太郎は結実にとって都合のいい言動しかとりません。結実につれなくしたり、ちょっと怒ったり、わがままを言ったり……といった、尖った個性はほぼゼロ。喜怒哀楽があまりなく、とにかく穏やかでご隠居さんみたいな人です。私が敬愛する漫才師・大木こだま師匠ではありませんが、「若い男でそんなやつおらへんやろ~」と言いたくなります。

そして、結実の恋のライバルとなる紗江も、見事に「都合のいい人物」です。

「単刀直入にお聞きしますわね。結実さんは源太郎さんのことをどう思っていらっしゃるの? おふたりはどういう間柄なんですの?」
 紗江の肌は白く艶やかで、いかにも勝気そうな目をしている。(p.160)

「でも、これ以上待つのはいや。待ちません。私からまいります。……あらいやだ私ったら。結実さんにこんなこと、お聞かせするつもりじゃなかったのに」
 うなじに手をやり、艶に笑う。
 これこそ、紗江が結実にきかせたかったことだといわんばかりだ。(p.162)

最高にわかりやすい悪役っぷりですね。一昔前の少女漫画や昭和の大映ドラマでは、こういうキャラクターが山ほどいました。金持ちのお嬢様で、髪の毛が縦ロールで、ツンツンしてるタイプです。しかし、ラノベの世界ではさまざまな「悪役令嬢」が主人公になって久しい令和4年の現在、ここまでプロトタイプの悪役令嬢を出されると、江戸時代なのに昭和のにおいがします。「時代小説とはいえ、21世紀に入って21年も経つのに、こんなわかりやすい悪役の描き方はないやろ~」と、大木こだま師匠がまたもや叫びます。

しかもこの紗江は、のちに本心を露わにするのですが、その展開も見事に昭和です。ネタバレになるのでくわしくは述べませんが、あまりにも紗江にとって都合がよすぎて、大木こだま師匠も黙ってしまうほどです。読者の100%どころか112%が「きっとそうなるだろうな」と予想できる展開です。

これだけ都合のいい登場人物が揃っていると、必ず起こるのが「主人公は何もしない」という状況です。

 昼夜なくお産に飛び回る産婆の自分が、医者を志す源太郎にふさわしい女だとはとても思えなかった。
 自分と一緒になるのは源太郎のためにならない。
 悔しいけれど、それが現実だと結実は思った。
 だとしたら、一時の感情に流されていずれ砕け散る恋に身をゆだねるのは、互いの不幸を招くだけだ。(p.35-36)

この部分を読むと、結実の源太郎への思いが自己完結していることがわかります。源太郎に当たって砕けたわけではなく、「どうせダメ」と自分で思い込んでいます。つまり、源太郎を好きでありながらも、結実はほぼ何もしてないということです。120%受け身です。それでも源太郎は結実を好きでいてくれて、紗江は勝手にライバル視してくれて……といった、昭和の少女漫画を地で行く展開がひたすら続きます。

そんな結実の受け身である様子については、「結実がおくてだから、恋に疎くても仕方ない」「結実は仕事命だから、恋に消極的でも仕方ない」といった雰囲気で描かれています。それは結実のキャラクター設定として間違いではありません。しかし、自分からアクションを起こさないくせに、都合よく相手と結ばれるとなっては、ただのシンデレラストーリーです。読者のウケを考えて、意図的にシンデレラストーリーにした可能性もありますが、それでは結実のようなキャラクターを主人公にする意味がありません。

結実は、女は20歳前に結婚して夫を支えることが当たり前だった時代に、結婚を先送りしてでも「産婆として働く」と決心した女性です。「自分は産婆として生きたいので、今のところ結婚は考えられない」と、幼なじみである良枝にも告げているほどです。これらの点から考えても、結実はかなり覚悟をもっている女性だと思われます。己の使命を感じ、まっすぐに生きる女性として、とてもいい設定ですよね。

こういった女性には、残念ながらシンデレラストーリーは似合いません。かぼちゃの馬車やガラスの靴といった都合のいい装置もないままに、仕事や恋や結婚のあれやこれやを乗り越えるワイルドストーリーこそが、結実のような女性にはふさわしい。そうでなければ、結実が一人前の産婆になろうとする意志や努力さえ、シンデレラストーリーのための「都合のいい設定」になってしまいますから。

 

発売日:2022年3月7日