時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

近衛龍春『御館の幻影 北条孫九郎、いざ見参!』(光文社文庫)

本作が漫画だっら、『週刊漫画ゴラク』とかの男性向け雑誌に連載されていたと思うんですよね。『ミナミの帝王』の次に載っていてもおかしくない。やんちゃ&すけこましな主人公が大暴れする話ですから。ジェンダーフリーの時代とはいえ、がっつり男性向けとして書かれている作品を、私(女)の感覚で感想を書いていいものか……と一瞬だけ悩みましたが、読んだ新刊の時代小説・歴史小説は必ず感想を書くと決めたので、書くことにします。

本作の舞台は、戦国時代末期です。主人公の北条孫九郎は、戦国大名である北条家の支族城主・北条氏光の息子です。しかし、上杉景虎上杉謙信の養子)の妻だった孫九郎の母が、氏光との再婚前に孫九郎を妊娠していたらしく、自分の血を継いでいないということで、氏光からは疎まれています。「お前は長男だけど、跡継ぎになんかしてやるもんか!」みたいな雰囲気です。なんなら孫九郎の命さえ狙っています。この「父親から疎まれ、命さえ狙われる息子」というのは、ヤマトタケルの説話などにもあるとおり、悲劇のひとつのパターンです。

父親から疎まれる理由は、物語によってさまざまです。孫九郎のように「じつは血がつながってない」というのもありますが、だいたいが「父親以上に能力が優れている」「父親よりイケメン」「父親より女にモテる」とか、そんなところです。自分より優れた息子を父親がやっかんでいるんですね。ちなみに孫九郎は、ここで挙げたぜんぶの理由から父親に疎まれてます。父親よりも武勇に優れ、イケメンでモテモテです。

「それと、おぬしは目立つ面をしておる。道中では笠をとらぬこと。宿に泊まっても、極力、顔を隠すように」
 孫九郎は細面で切れ長の双眸。鼻筋がとおり、唇は薄め。彫りが深く、色白の素肌。三国一の美将と謳われた父景虎に劣らぬ容貌を持っていた。
「宿の中までとはいかぬが、気をつけよう」
 そこまで気にしたことがないので、孫九郎は意外に感じた。(p.20)

唯一の味方である乱破(忍者みたいなもの)・弥次郎が、孫九郎の容貌について指摘している場面です。孫九郎は自分の美しさに、まったくもって無頓着。いかにも男性向け作品の主人公っぽいです。というか、美男を主人公にする男性向け作品ってそんなに多くないんですよね。女にモテモテな主人公は多いですが、その理由が「美男だから」ということはあまりありません。男性向けにしては珍しいなぁと思ったのですが、本作では孫九郎が美男でないと話が進みません。美貌が孫九郎の唯一の武器といってもいいからです。父のもとを離れて、実父の足跡を辿ったり、京都・大坂を訪れている間も、美貌によってさまざまな女に助けられたり、金を稼ぐ手段としています。

で、孫九郎と深いかかわりをもつようになる女性の一人が、秀吉の側室である茶々(淀君)です。秀吉に請われて舞を披露した孫九郎を見た茶々は、一目で気に入ったようで、種なしの秀吉の代わりとばかりに孫九郎に「種付け」を頼みます。キャー、エッチ! といえるほどの年齢でもない私ですが、「そう来たか!」と叫びました。当時の最高の貴婦人との濡れ場、最高の読者サービスじゃないですか! しかも濡れ場は三回もあるんですよ!

「美しい子が生まれれば、わたしに似たと言えばいい。欲に眩む男を誤魔化すなど容易きこと。孫九郎、そなたの子を天下人にしてみぬか?」
 この状況で帰れるのか、と改めて茶々は迫る。
(中略)
「安心おし。これは、わたしとそなた、侍女と宗兵衛の秘密。そなたの身はわたしが保証致そう。いずれ、また舞いを見たいゆえ」
「はははっ、あなた様なれば、天下を握ることができよう。面白い。美しき女子の企てに加担致しましょう」(p.106-107)

これが第一回目の茶々との濡れ場です。茶々が積極的ですね。グイグイ来てます。孫九郎はといえば、ちょっと押され気味ながらも、茶々の提案にワクワクしながらノッてきた感じです。

「条件がござる。儂が茶々様を抱くのは、我が意志。茶々様の命令ではない」
 もはや逃げられぬならば強く出たほうがいい、と孫九郎は判断した。
「あい判った」
(中略)
 茶々が頷いた瞬間、孫九郎は膝歩きで近づき、しなやかな肢体を抱き締めた。
(奈波すまぬ)
 罪の意識を覚えながら、孫九郎は茶々の体躯を求めていった。(p.175-176)

次に二回目。茶々は相変わらず積極的ですが、「もはや逃げられぬ」というところからも、孫九郎はあまり乗り気ではないですね。それは孫九郎が既婚者となったのが大きな理由でしょうが、茶々を愛する天下人の秀吉の目を恐れているということもあるでしょう。

「いいのか。殿下が留守とはいえ、褥に伽など呼び寄せて」
「女子ならば問題あるまい。それより、久々に一差し舞ってくれぬか」
「伽は伽。舞いなどは舞わぬ。さっさと用をすませるのみ」
(中略)
 屈辱、怒り、罪悪感などが螺旋を描く中、孫九郎は妖艶な貴婦人に欲望をぶつけた。(p.300-301)

さて、最後の三回目。孫九郎、怒っています。茶々の魅力を感じながらも、自分を種馬扱いしてることにイライラしているのでしょう。ちょうど孫九郎が自分の大願を果たそうとしているときでもありますので、何をさせとるんじゃこの女! とキレかかっているようにも見えます。

「種付け」が成功したかどうかは本作を読んでいただくとして、今一度三回に及んだ濡れ場での孫九郎の変化を見てみてください。ノリノリから罪悪感、最後には茶々への怒り。この変化は、孫九郎の状況や心境、大人になっていくまでの変化などとシンクロしています。読者サービスのシーンかと思っていた三回の濡れ場が、じつは孫九郎の成長の過程そのものだったってことですね。最初のうちはピチピチの美男子だった孫九郎が、いよいよ壮年の男性となり、美しさ以上の何かを手に入れた証拠ともいえます。

本作の終盤、大坂城落城が近い頃合いにも、孫九郎は茶々に会う機会を得ます。そのときの孫九郎は、茶々にかなり「大人の対応」をします。そこを読むと、孫九郎が武将として生きる覚悟がはっきり見えるのです。こうして男性が女性との交わりを通じて成長したり、その成長の過程が女性とのつながりの中で見えるような仕組みになっているのは、やはり男性向けの小説ならではだなぁと思っています。


発売日:2022年3月15日