時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

伊多波碧『みぞれ雨 名残の飯』(光文社文庫)

「名残の飯」シリーズの第二弾である本作には、一膳飯屋の「しん」を舞台にした四つの短編が収録されています。

……と書くと、「どうせ登場人物たちがその一膳飯屋でメシを食ったのをきっかけに、ホロリとくるような展開があるようなヤツでしょ。そういうやつなら5000億回は読んだ」と言いたくなる人もいるでしょう。その予想、そこそこは合っています。しかし本作は、それだけにはとどまらない、チャレンジングな部分が見え隠れする作品です。多くの読者が5000億回は読んだであろう一般的な料理系人情話から、一線を画そうとする作者さんの意識がチラ見えするのです。

では、どんな部分がチャレンジングなのかというと、まずは料理の叙述です。料理系の話なのに、そこらへんの描写にあまり重点を置いていません。もちろん、一膳飯屋が舞台なので、一般的な人情物よりは料理の描写は多いですが、多くの料理系人情話の3分の1程度しかありません。とても少ないです。

ちなみにこちらは、表題作でもある第一話「みぞれ雨」の中の、メインとなる食事シーンです。

 透きとおった飴色の出汁が馥郁と煮立っている。まずは葱から。噛みしめると、口の中でシャクシャク言う。平助は火の入れ方が絶妙で、青々とした葱はわずかに歯触りが残っている。焦げ目のついた豆腐は香ばしく、とろりとした鮪は味が濃い。この鍋を食べると、体の芯にぽっと灯りがともるように温まる。(p.57)

これだけ。たったこれだけです。ほかの部分にも数行ほど食事シーンはありますが、じつにあっさりしている。だからといって、物足りないわけではありません。必要にして十分な描写です。

食べる側のキャラクターたちにとっても、料理はあくまで食べるもの、というスタンスです。それ以上の意味はありません。「しん」で料理を食べて心がほっこりしたところに、生き別れの息子が帰ってきた……みたいなドラマチックなことも起こりません。食事をしても、その人の悲しみは途切れることなく続くものの、その中で光る「何か」を自ら見つけています。

 家に帰っても誰もいない。けれど、近くに親切にしてくれる者がいる。案外この世も捨てたものではないかもしれない。(p.238)

これは第三話の最後に書かれている、この話の主人公・さつきについての描写です。彼女のこの心境は、「しん」の料理が導いたものではありません。直前に「しん」の太巻きを食べてますが、太巻きは心境のきっかけでもなければ、主人公をアゲるラッキーアイテムでもありません。ただの太巻きです。太巻きに限らず、本作では全編にわたって、料理が過大評価されず、ただの料理として扱われています。何なら第四話では、「しん」で作られたぼた餅が(ある事情で)食べられずに終わっているほどです。非常に料理系っぽくないといいましょうか。

そして料理を食べる客に対して、「しん」の三人(おしげ、おけい、平助)はいたってふつうの態度をとります。説教じみたことを言ったり、わざとらしく昔話をしたりはしません。代わりに、親子であるおしげとおけいが、自分の話をし始めたりします。

「松男ちゃんのための雪だるまだったのね。いい案だわ。うちも娘にそうして食べさせればよかった。――なんて、とうに手遅れですけど」
 軽い皮肉を利かせ、おしげがおけいを見る。
「母さんったら。そんなのずっと昔の話でしょう。わたしも今は野菜を食べられます。お客さんたちの前で娘の恥を晒すのは止してくださいな」
「あら。昨日も大根おろしが辛いと騒いでいたじゃないの」
「母さんがわざと辛くするから」
「ま、人のせいにして」(p.59)

客そっちのけで身内話に走る親子の会話部分です。時代小説でありがちな説明的な会話ではなく、こういう自然な会話をサラッと書ける作家さんは貴重です。本当のところは「サラッと」ではなく、きちんと考え抜いて書かれているとは思いますが。

そして本作でもっとチャレンジングなのは、すべての短編が大団円で終わらないことでしょう。とくに第四話では、伊崎が他所との縁談を断り、主人公の律子に「私が婿になります!」と申し出てくれてハッピーエンド、みたいなパターンと思わせておいて、まったく違う結末になります。律子は迂回しながらも、自分なりに確実な幸せを見つけます。律子に限らず、各短編の主人公たちは微かな幸せ(のきっかけ)を見つけますが、代わりに何かを失っています。等価交換ですね。シビアです。「ここから先は、お前たち次第だよ」と、作者さんが主人公たちを厳しくもやさしく突き放している感じが、人情物としては珍しいなぁと思いました。

本作がここまで料理系人情物の定石を踏んでいないのは、作者さんがあえて意識してやっているからでしょう。それはかなり勇気の要ることだと思います。時代小説のような、ある程度パターンの決まったものに毛色の変わった作風を取り入れると、「つまんねーな」「こういうの求めてないんだよね」などと言われかねませんから。それでも定石を避け、新しいものを導入しようとするのは、勇気としか言いようがないでしょう。

しかしどんなに勇気を出したとしても、だれにも読んでもらえなくては、商業作品として意味がありません。そこで作者さんは、人情物でできる範囲のオリジナリティを出すようにされたのではないでしょうか。型はあくまで一般的な人情物ではあるものの、新しい要素をいくつか散りばめて、「こういう物語もいいもんだね」と言ってもらえるようにコントロールしたのではないか、と。そう考えると、本作は「奇をてらわなくても新しいことは表現できる」ということの、お手本といえそうです。


発売日:2022年3月15日