時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

吉田雄亮『お江戸新宿復活控』(祥伝社文庫)

本作は「古き良き時代小説」といえるかもしれません。しかし、本作をここ最近の「小説」として扱うならば、残念ながらよい小説とはいえません。その最大の理由は、叙述があらすじをなぞるだけになっていることでしょう。その悪しき特徴は、とくに会話部分に現れています。

 不満げに喜六を見やって、嘉吉が口を開いた。
「何でもひとりですすめたがるのが、喜六さんの悪い癖だ。(後略)」(p.20)

 三人に視線を流して、喜六が口を開いた。
「稲毛屋は、狂歌師として平秩東作という名を持っている。(後略)」(p.21)

 皮肉に薄ら笑って、嘉吉が言った。
「その話、稲毛屋が言っているだけだろう。(後略)」(p.22)

 鋭く見つめて、喜六が応じた。
「私は稲毛屋を信じている。(後略)」(p.22)

ここで引用したのは、すべて台詞後にある一文です。どれもこれも、「○○が言った」「○○が応じた」という、「主語+『言った』の類似表現」がついています。これは読者に発言主をはっきりと示すことができる表現であるため、三人以上での会話では多く使われがちです。しかし、本作では一対一の会話でも頻繁に使われており、しかも同じような表現(「○○が言った」「○○が応じた」「○○がこたえた」「○○が口を開いた」)が頻出であるため、「台詞から先に書いた小説なのでは?」と疑いたくなってしまいます。

同じ表現をくり返し使うことは、絶対悪ではありません。しかし、どうしても文章の流れが単調になって、山場やオチの部分がはっきりしないことが多くなります。これが冒頭で述べた「叙述があらすじをなぞるだけになっている」ことの原因でしょう。

これはいくらでも避けようのあることです。たとえばですが、四つある引用のうちの一番目では、直後にあきらかに不満な様子がわかる台詞があるので、わざわざ「口を開いた」とつけなくても、「不満げ」な嘉吉が言ったことは伝わるんですよね。なので、「不満げに喜六を見やって、嘉吉は口を開いた」ではなく、「嘉吉は不満げに喜六を見やった」にしても問題ないのです。発言主の行動と台詞を結びつけることで台詞前後の表現に変化をつけ、「○○が言った」をレア表現にすれば、あえて「○○が言った」と書いた部分は、自然と「○○が強く言い切っているんだな」というイメージをもたせることができるはずです。

 渋面をつくって嘉吉が言った。
「私らに相談もなかった」
 見据えて喜六が問いかけた。
「相談したら、街道をととのえる金を出してくれたのかい」
 目をそらして、嘉吉が答えた。(p.21)

この6文で構成された会話部分だけでも「○○が言った」的表現は3つの文に存在します。6分の3、つまり文章の半分が「○○が言った」的表現です。これをすべて省くと……

 嘉吉が喜六に渋面をつくった。
「私らに相談もなかった」
「相談したら、街道をととのえる金を出してくれたのかい」
 ふん、と嘉吉が目をそらした。
「宿場の際かいがきまっていたら、出したさ」

こんな感じになるかと思います。これでも「だれが何を言ったか」が十分伝わりますし、無駄な言葉がない分、会話もスムーズに読み取れると思うのですが。

かつてある作家さん(名前は失念してしまいました)が、「作家は読者を信じて、省くべきことは省くべきだ」とおっしゃっていました。読者がどう読むかを予想し、要らない部分を省くことは、読者の読み方を邪魔しないだけでなく、読者に「書かれていないことも読めてる!」という快感を与えることもできます。そういった点からも、本作でも読者がどう読んでいるかを考えて、「○○は言った」的表現は極力省くべきだと思います。そして、省いても伝わるようにするのが、小説というものではないかと思うのです。

それでも、作者さんがわざわざ「○○が言った」的な表現を多くつけているということは、時代小説の最大の読者層である高齢者に向けての親切だと思うべきなのかもしれません。なので本作は、「時代小説」ではなく、「時代劇に馴染んだ人々に贈る古き良き時代小説」とすべきなのかなぁ、とは思っています。

……と、ここまで書いたものの、私はこの小説が嫌いではありません。なぜなら、「逃げ」がないからです。ここでいう「逃げ」とは、「最低限調べておかなくてはいけないことを調べもせず、ごまかして書く」ことです。

時代小説は現代の話ではないため、時代背景や当時の状況などを調べて書く必要があります。幕府の内情をテーマにするなら、何代将軍のどれくらいの時期かを定めて、中心人物や役職の諸々、その時代に起こった事件・事象・災害などは、最低限調べるべきものでしょう。吉原を舞台にするならば、元吉原なのか新吉原なのかで調べるものが異なるうえ、幕府の施政による影響なども調べなくてはなりません。

ほとんどの作家さんはきちんと調べていらっしゃいますが、たまに「調べないでうまくごまかして書く」ような人がいます。剣術とか人形浄瑠璃、歌舞伎、落語など、現在まで残ってはいるものの、江戸時代のものとは微妙に違うものを描くときに、この「逃げ」が起こりやすい気がします。たぶん、現在のイメージで描けてしまうからなんでしょう。

残念なことに、ある程度書き慣れている作家さんほど、この「逃げ」ができてしまうんです。もっと直接的にいうと、「ごまかしがうまくできてしまう」ってことです。そして、こういう「ごまかし」や「逃げ」をする作家さんに限って、食事や調理のシーンだけはやたらくわしく書くのはなぜなんでしょう。そこだけくわしく書いておけば、「調べて書きました」感が出せるってことですかね?

本作は、何作も書かれている作家さんによるものですが、そういった「逃げ」はまったくありません。本作のテーマである「宿場復活」の舞台となる内藤新宿(現在の四谷あたり)や、内藤新宿に宿場を渡すまいとする角筈(現在の歌舞伎町~西新宿あたり)など、地域の地形からくわしい内情に至るまで、すべての下調べがお見事です。調べただけでなく、作者さんご自身でまとめたり、地図を描いたりされたんだじゃないかなぁと思えるほどです。

その下調べは、宿場復活のために集められた、若い兄ちゃんたちの「再起衆」の食事シーンにも現れています。

「いいときに帰ってきた。順兵の晩飯も用意してあるぞ」
 手にした箸で、箱膳が置いてあるところを指し示した。
 微笑んで五島が応じる。
「腹が鳴っています。大飯を食らいそうです」
 板敷の上がり端に後藤が足をかけた。
 大塚が声をかける。
「俺たちも腹ぺこだ。しかし、飯櫃はひとつだけ。早食い競争になるぞ」
「負けられぬ」
「腹が減っては戦ができぬだ。さあ食うぞ」(p.110)

「食事=白飯」だった時代を、きちんと踏まえている部分です。ただのごはんの奪い合いなのに、やたら美味そうに感じられるから不思議なものです。

 にやり、として長二郎がつづけた。
「それより腹が減った。早く帰って、晩飯を食おう」
「おれも同じだ。みんな、おれたちがおかわりできる分ぐらいご飯を残してくれているかな」
「年中腹を空かせている連中だ。そんな心配りをする者はいないだろう」
「そうだろうな。引き揚げるか」
 ふたりが微笑み合った。(p.176)

おなかが減って、「ごはんが残っているかどうか」ということだけを心配する男子二人。飯=腹を膨らませるもの、ってことですね。成人男性が一食につき平気で茶碗三杯のごはんを食べていた時代であることがビンビンに伝わってきます。非常にすがすがしい。「茄子を味噌で和え、ぱらりと胡麻を」だの、「三河島菜を細かく刻んで」だのと、食事と調理と食材を必要以上にくわしく書く「飯物帳」系の小説よりも、よりシンプルで、より体感的で、より時代性をつかんだ表現だと思います。

……で、この引用部分には、じつは「○○が言った」的表現が一回しか使われてないんですよ! だけど、ちゃんとだれが言ったかわかるんですよ! 兄ちゃんたちの腹ペコっぷりもはっきり伝わってくるんですよ! だったら「○○が言った」的表現は、極力省いたほうが正解だと思います!


発売日:2022年3月11日