時代小説読書記録帳

時代小説(おもに新刊)の感想を書いています。

伊東潤『家康謀殺』(角川文庫)

戦国時代~江戸時代初期を舞台にした短編集です。すべての作品に共通するテーマは「死」。簡単にいえば「主人公がどうやって死ぬか」を見届ける話ばかり。しかし「死」は突然訪れるものですから、「死」そのものだけを書くだけでは物語になりません。「生」をしっかり描き、「死」を際立たせてこそ「死」の物語になる。「生きて、そして死ぬ」のではなく、「死を前提に生きる」。それが本作で描かれている主人公たちの姿です。

本作(文庫版)には、表題作の『家康謀殺』を含む7作の短編が収録されています。作品としては『大忠の男』がもっとも良作です。タイトルとしていちばんインパクトがあるから、『家康謀殺』が表題作に選ばれたんじゃないかなー。憶測ですが。

まずは、その良作である『大忠の男』です。主人公は速水甲斐守守久。七手組筆頭として、豊臣秀吉に仕えた武将です。私にとっては、「秀吉の息子・秀頼が自害するときに介錯した人」というイメージです。この物語では、秀吉亡きあとも実直に豊臣家を守ろうとした守久が、ある決断を迫られています。

最終的に、守久はベター寄りのベストな決断をします。その決断の根底には、やはり秀吉への忠義がありました。では、生前の秀吉と守久の主従関係はどんなものだったのか。それを示すのが、この秀吉と守久の会話です。

「そなたは酔うと、決まって下手な舞を披露した」
 秀吉の顔に笑みが広がる。
「申し訳ありません」
「よいのだ。舞も生き方も下手な者ほど大切なのだ」(文庫版 p.367)

秀吉が守久を認めていること、信頼しきっていることと、技量や能力ではなく人間性を褒めたたえていることが伝わってきます。秀吉が部下の心を掌握するのがうまいということも。病の床に臥せながらもこんな泣けることを言うのですから、秀吉は部下をがっちりとつなぎ止めることが自然とできる人だったのでしょう。

そして、「舞も生き方も下手な者ほど大切なのだ」という言葉。この台詞にグッと来た読者も多いと思います。これだけで、この小説は100点満点で5億点を獲得です。「上司が部下に言うべき言葉ランキング」で永遠の1位です。こんなに部下の心をつかむ言葉が、これまでにあったでしょうか。この台詞だけで小説を終わらせてもいいほどですが、それでは小説として成り立たないので、話は進んでいきます。

じつは秀吉以外にも、守久を褒める人物がいます。徳川家康の息子で、江戸幕府二代将軍の秀忠です。守久にとっては、敵軍の将です。

「ほほう、では何のために武士は仕事をする」
「それは――」
 守久は息を大きく吸うと胸を張って言った。
「禄をいただく主に忠義を尽くすことです」
「さすが、大坂城にその人ありを謳われた男よ。忠義というものがよく分かっておる」
「さようなことは当たり前かと」
「当たり前か。そうした当たり前のことをわきまえる輩が、今は少ないのだ。(文庫版 p.350)

「右大臣様と戦うことにでもなれば、その首をいただき、豊臣家への忠義の証といたします」
 有楽斎が咎めるように振り向く。だが秀忠は高笑いした。
「見事な心掛けだ。それが武士という者よ。亡き太閤殿下も――」
 秀忠の眼光が鋭くなる。
「きっと、それを見たいと思うだろう」(文庫版 p.350-351)

秀忠の口ぶりを見ると、どうも信頼のおける部下が少なくてうんざりしているようです。その点、敵ながらも守久のような男は信頼できると思っているのでしょう。しかも守久は、「いざとなったら、お前を殺して豊臣家に首を差し出したるわ!」と言っているんですが、それさえも「見事」と言っている。これは皮肉ではないですね。どんなに窮地に追い込まれても、主を守ろうとする人に対する敬意です。「こういうやつ、俺の部下に欲しかったな」という気持ちも見えます。

秀吉も秀忠も守久を好んだのは、彼の考えに迷いがないからともいえます。作中で決断を迫られていたときには思い悩んでいますが、結局は豊臣家、というか秀吉に尽くすことを筋にしている。その筋は、まっすぐでわかりやすいうえに、大樹のようなどっしり感があります。そういう人はどんな時代でも愛され、信頼されます。理想のおっさん像ですね。

では、表題作の『家康謀殺』はどうかというと、こちらはちょっといただけない。最後にどんでん返しがあるのですが、私としては納得できなかった。主人公・吉蔵がもらっていた「こより」がすべての鍵になっているのはわかるのですが、再読しても頭の中で必死に「これはあのこよりがあったから……」と自分を説得しなければなりませんでした。読書において、この「読んでいる自分を無理矢理説得する」のは、けっこうな苦痛になります。

あとから本筋がわかるどんでん返し物語では、表面上のストーリーAと、真実のストーリーBが存在します。その両者がバランスよく重なり合ってこそ、どんでん返しの面白さが最後にドカンとやってくるものです。具体的にいえば、ストーリーAとBの比率が、できれば5:5、せいぜい6:4ぐらいで重なっていないと、こっちは騙されないし、真実を知ったあとの「そうだったのか!」という快感も少なくなってしまいます。

ですがこの小説では、比率は9:1ぐらいになっている。あまりにも表面上のストーリーが部厚すぎるうえに、真実のストーリーを紐解く引っかかりが少ないせいで、真実のストーリーが明かされても、唐突さと「とってつけた感」しか残りません。

 ――今だ。
 ここで出なければ、天十郎に背後から組み付くことはできない。
 だが、吉蔵は飛び出さなかった。
 一瞬、直勝がこちらを見る。その眼差しからは何の感情も読み取れない。(文庫版 p.314-315)

たぶんこの部分が、「とってつけた感」の大きな原因かな、と。なぜ吉蔵が飛び出さなかったのかを、ストーリーAとB、どちらの意味にもとれるように、ここで表現しておくべきだったのでは、と思います。

 

発売日(文庫版):2022年2月22日